カテゴリー: お知らせ!!!!

平成30年7月21日 朝一

近所のスーパーの朝市の準備中でした。

新鮮な野菜を見て、立ち止まりました。

青々とした野菜たちは、とてもみずみずしいです。

中でもとうもろこしは、大特価でした。

きっと子供たちも大喜びでしょう!

でも毎日大売出ししてくたらありがたいんですが~・・・・

平成30年7月20日 祇園祭の歴史

869年、都をはじめ国々に疫病が流行しました。
人々はこれを牛頭天王(ごずてんのう)の祟りとして恐れまました。
牛頭天王は釈迦が生まれたインドの祇園精舎の守護神とされています。
祟りを恐れた人々は当時の日本の国の数と同じ66本の鉾を立てて祭りを行いました。
そして神輿を神泉苑(二条城の側の寺院)に送ることによって疫病の祟りを払おうとしました。
これが祇園御霊会(ごりょうえ)の始まりです。
その後は疫病が流行した時だけ行われたようで、毎年行われるようになったのは970年からと伝わっています。
この時期は山鉾巡行はなく神事のみが行われていました。

山鉾巡行の成り立ち

将軍の世継ぎ争いに端を発した応仁の乱は数十年間京の都を焼き尽くしました。
極貧の農民は土一揆を起こすも足利将軍家を始め武士達はそれを鎮圧する力もないくらい荒れ果てた状態でした。
この頃、町の中心地に住む商人は田舎の貧農による土一揆で町内の家が焼かれる被害にあっていました。
農民の一揆に手を焼いた幕府の役人も自分達でどうすることも出来ないので町衆に農民を攻めさせます。

貧農を攻撃した町衆は弱いもの同士が殺し合う事に徐々に疑問を抱き武士に対する不信感を強めました。
町衆たちは税金を払わないことで武士に抵抗しました。
彼らは武士に対してより強い団結力を見せる必要がありました。
当時、応仁の乱で街は荒れ果て祇園会は32年間途絶えていました。
町衆は武士に団結力を示すために自らの手で祇園(会)祭の再興を決意したのです。

武士達は町衆による祭り再興を邪魔しようとしました。
再興直前に神事取りやめの命令を出したのです。
祇園会は869年から続いてきた神事です。
応仁の乱までの間、既に「祇園会」(ぎおんえ)は神事として約600年行われてきました。
しかし、応仁の乱が終わり32年ぶりに町衆は自分達の手による「祇園祭」を強行したのです。
神事取り止めと言われ祇園会が出来なくとも祇園祭をやろう。
これが八坂神社の神事(神幸祭や還幸祭)とは別に山鉾巡行(祭り)が町衆自らのものとして行われるようになった祇園祭の発祥です。

山鉾巡行を行う当日、武士や僧兵が巡行の邪魔をするために立ちはだかります。
町衆は巡行を阻止しようとする武士によって命を落とした人もいたでしょう。
でも彼らは自らの命と引き換えに祇園祭を永遠に続ける事を言い残したといいます。

応仁の乱で、荒廃した京都に32年間祇園会は途絶えていました。
再興するきっかけは鉾町の町衆の武士への反発の原動力、団結力でした。
戦で数十年もの間沢山の人の血が流れたため、町衆は武士に対して可能な限り平和的な抵抗がしたかったのです。
それが祇園祭再興への強い団結力となったのです。

このように応仁の乱後、西暦1500年にそれまで約600年続いていた祇園会が町衆の手によって祇園祭として復活しました。
鉾町の団結力がなかったら今日の祇園祭はなかったかも知れません。
祇園会として約600年、祇園祭として518年続いているのが今年の祇園祭です。

数年前は強風を伴う大きな台風の影響で中止の可能性もありました。
祇園祭は悪天候がもたらす洪水や干ばつによる疫病を防ぐ目的で始まったものです。
1467年の応仁の乱後、祇園会は32年間途絶えましたが、1500年から今年まで518年間祇園祭が中止、中断された時は数えるほどしかありません。
1582年の本能寺の変の年は11月に延期。
1865年は蛤御門の変の影響で前祭が中止。

明治以降は3回の時期に延期や中止を余儀なくされました。
1879年から1895年の間にコレラの流行が原因で4回延期や前倒しが行われたそうです。
第二次世界大戦前後は1943年から1946年の4年間中止。
戦後は1962年、阪急電鉄の工事にともなって一度だけ中止。
これらは全て止むを得ず行うことが出来なかった時です。

悪天候での前回の中止又は延期は1884年に大雨の影響で前祭の延期という記録があるのみです。
中止したことはありません。
こうして見ていくと、祇園祭がいかに鉾町の町衆に大切に受け継がれてきたかがよく分かります。

2年前、山鉾巡行当日の天気予報が前日の時点で大雨でした、
何人かの鉾町の方達に山鉾巡行が中止になってしまわないか尋ねました。
するとどの方も「雨天決行、大雨強行」と言われていました。
鉾町の方達はどんなに炎天下で暑くても、土砂降りの雨や雷雨でも天候の事など全く気にもしていない様子でした。
祇園祭を行うためには彼らは気象条件など気にならないのでしょう。

山鉾巡行は八坂神社の神様が四条寺町の御旅所に渡御するために街全体を清める意味が込められた露払い的な行事です。
だから前祭の巡行の後に神幸祭があり後祭の巡行の後に還幸祭があるのです。
神幸祭は神輿が八坂神社から御旅所に担がれる神事で、還幸祭は御旅所から八坂神社に戻る神事です。
巡行することで煩悩や厄などを山や鉾に溜め込み街を浄化するのです。
そのため山鉾巡行が終わると山や鉾は不浄なものを集めているので直ちに解体されます。

現在山鉾は先祭で23基、後祭で10基あります。
5年前に大船鉾が149年ぶりに復活しました。
8年後の2026年には200年ぶりに鷹山が山鉾巡行に復活することを目指しています。
(もう少し早まるとの噂もありますが。)
祇園祭は幾多の困難を乗り越えながら今でもこうして元の姿に戻るための努力をしています。
それ以外でもまだまだ本来の姿に戻るための取り組みがなされています。

祇園祭は今年で1149年目となります。
祇園祭の見物は梅雨時であり初夏でもあるのでとても過酷です。
ゲリラ豪雨や35度を超える猛暑との戦いです。
厳しい気象条件の中いつまでも元気に動き回れる体力を維持しこれからも末長く見守り続けたいと思います。

いかがでしたか?

これからもそのほんの一部でも皆さんにお伝え出来ればと思っています

7月みんな食堂

今月もデイサービスにこにこ庵でみんな食堂を開催しました!

 

 

平野区役所の職員の方と、生活協同組合の職員の方が見学にお越しくださいました。

 

 

学生のボランティアスタッフの方もお手伝いしてくださいました。

 

 

今回は「メキシコフェア」のため、メキシコについてのお勉強を実施しました。

 

 

メニューはタコス、メキシコ風スープ、トロピカルジュースでした。皆さん「おいしい」と言ってくださっていました!

タコスは初めてという方が多く、試行錯誤して出来上がりました。

 

 

次回は8月26日(日曜日)開催です。

皆さんのご参加お待ちしております!

平成30年7月18日 てんしば

てんしば内のよっててさんに行ってきました。

7月のイベントカレンダーがありました。

たくさんのイベントが目白押しですよ。

ワクワクドキドキですね、こんなイベントを考えるスタッフさんには頭が下がります。

店内には盆菓子もたくさん並べられていました。

お店に持ち込まれた野菜農家さんの写真もたくさん掲載されています。

何と8/31は、「野菜の日」なんですね。そりゃそうですね、語呂がぴったしです。

横のペットショップでは、ワンちゃんをプールで泳がせていますね。

これから猛暑日が続きますから、人間だけでなく熱中症対策が必要ですね。

平成30年7月18日 黒門市場

言わずと知れた大阪の黒門市場です。

以前訪れた さかなやさん、「さかなのきもち」さんです。

やっと店内の写真を撮りましたがガラス越しなのではっきりしません。

しかし店内は、所狭しといろいろな海産物であふれかえっていました。

今度は、是非もっとはっきりと写真を撮りたいと思います。

平成30年7月17日 喀痰吸引等研修 第三号研修(特定の者対象)

平成30年7月17日火曜日 地下鉄我孫子にほど近いビルの二階で行われました。

主催は、(株)介護福祉総合研究所さんです。朝8:30~夜19:30ごろまでかかりました。


さすがに噂通りのすごい研修です。講師は、看護歴25年の畑本講師です。

今回は、3号研修です。一番やさしいのですが、案外大穴でした。

というのも1,2号の研修者は、人工呼吸器のある気管カニューレは、吸引できないのです。

もちろんどんな場合も有効期間内の医師の指示書は必要です。

おかげさまで確認テストも合格し、無事基本研修 修了証書を頂きました。

次回実地研修を行って、具体的にサービス提供を行いたいと思います。

ありがとうございます。地域でお困りの方へご支援をさせていただきます。

平成30年7月14日 街のかわら版

町内会の掲示板に貼られていたかわら版です。

みての通り、何人かの方たちで作られたようです。

味わい深いですね。6月号ですね。古新聞のリサイクル料が入っていますね。

ビンゴ大会・津軽三味線・桃の収穫体験・百歳体操・植樹祭等盛りだくさんですね。

 
簡単に見えて継続することは 大変なんですよ。

平成30年7月14日 採用・定着・人事労務セミナー

尼崎商工会議所へやってきました。本日の研修は、 人手不足時代に対応する 採用・定着・人事労務セミナーです。
 
三時間の長丁場でした。百名ぐらいの参加者でした。
 
魅力のない会社に良い人材は集まらない。定着しない。
 
魅力のある会社は瞬間的には作れないが、どんな会社も一定の時間をかけて取り組めば魅力ある会社に変われる。
 
良い人材を集めて、育て、定着させ、より良い会社に成長し、お客様・市場から支持され、ブランドを形成していくためには、一貫性をもった継続的な取り組みが必要。
 
良い人材が集まる会社になるためにどんな「魅力」をつくり、アピールしていくのか、経営理念・ビジョン・戦略と人事の仕組みを連動させる必要があると感じました。
 
簡単にはいきませんが、じっくりとひとつづつ進めていきたいですね。
 

https://www.facebook.com/amagasakicci/photos/a.655977137805080.1073741829.138006286268837/655977004471760/?type=1&theater

平成30年7月14日 母親の入院

93歳の母親が、また入院しました。

下血による貧血です。幸い患部を大腸カメラにて確認し、無事縫合できましたので、来週には退院できる見込みです。

私も過去に4度入院でお世話になった、大阪警察病院です。

最初は、小学生4年の時に食中毒による高温発熱でした。

最後は、昨年3月脳の水頭症でした。意識がなく、非常に危なかったようです。

その節は、本当にありがとうございました。

また母親をたびたび救っていただき、感謝感謝の言葉しか見当たりません。
 
これからもどうぞよろしくお願いします。

平成30年7月14日 頭が下がります、北浜 丁子

御年53歳、岩元さん、北浜でカレー専門店を経営されています。

朝5時の仕込みにはじまり、昼は奥さんに店を任せてもうひとつのお店の美容院へ 戻って夜の営業、と一日は長い。

それでも「料理は何一つ、はしょるところはない。できる限り時間をかけて作りたい」 目指すのは「あの国 あの料理」みたいではない。

オリジナルの味をあくまで目指す。

すでに誰にもまねできない人生を歩いているようです。

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