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平成31年1月7日 障害者差別解消法って?

この法律、正式名称は、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」です。聞いたことありますか?

内容は、「障害のある人もない人も、互いに、その人らしさを認め合いながら、共に生きる社会をつくる事を目指しています。」とありまして、平成28年4月から施行されています。

感心ありました?
障害があろうがなかろうが、互いに認め合っていきましょうって、こんな当たり前のこと、わざわざ法律にしなくてはならないのですね。

この法律に関して具体的なお話は、「障害者差別解消法」で検索してただければ、いくつでもでてきますから、興味のある方は、ぜひ調べてみてください。いちおう、内閣府のページ..

https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai_leaflet.html
を紹介しておきます。

ここでは、障害者差別解消法をベースに、ちょっと話をあっちこっちに飛ばしていこうかなと思っています。

常識について書いていこうと思います。
私は、常識とは、ローカルルールだと考えています。暫定ルールと言い換えてもいいものです。

 
先月、身内に不幸がありまして、葬儀に参列しました。香典の額から始まって、いろいろなことを、これでいいのか?と決める作業がありました。つまり、葬式が行われる地域の、宗教の、亡くなった人に関わる諸条件により、常識的に判断したというわけです。

だいたい葬式なんてのは、典型的なローカルルールですよね。場所が違えば、宗教が違えば、時が違えば、つまり今と100年前ではということ。

全部が異なってしまう。常識というのは、その程度のものということで、それほど外しちゃいないってこと。

言い換えるならば、私たちは、常に、場当たりルールを作っては、とりあえずこれでいきましょうとやっているものを常識と読んでいるわけです。

では、常識の反対は何でしょう?
インターネットで調べてみますと、「非常識」とあります。これで納得できます?私はだめですね。常識がとりあえずのローカルルールなのですから、その反対は、場所が変わろうとも、時が経とうとも変わらないものです。となれば、原理原則あたりが、そこに対応する単語となるのではありませんか。

障害者が差別されるとは、常識ですか?それとも普遍的なルールですか?

たとえば、誰かが人生の途中で障害者になりました。こういうことは、誰にでも起こりうるエピソードですね。今、日本は高齢社会となりました。誰でも高齢者となるほどに障害者となる確率が上がっていくわけです。
障害者差別は消して他人事ではない。私はそう思います。だとすれば、我が身のこととして考えてみたらどうでしょう?ということです。

障害者差別解消法が、人ごとだと思うと�、ピントこない人は、自分事、もしくは、あなたの大切な人が障害者になったらと考えていただければ、いくらかリアルになるのではないかなと思います。

 
どうか皆さん、少しだけ考えましょう!!

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